『脱・田中康夫宣言
――変革知事よ、どこへ行く』
樺嶋秀吉
風媒社 刊(2003年3月)
定価(本体1,500円+税)

目次

■はじめに■

■序章■「民主主義再生」の実験結果
二年後の県議会本会議場/3つの「おや?」/長期ビジョンはあるか/レトリックからトリックヘ/虚像と実像/実験はプロのすること

■第一章■ 空白の一年四ヵ月
「枠組み」だけの代替案/傍観していただけ/「脱ダム宣言」したのはだれか/流域の市町村長にも知らせず/政治責任の自覚はあるか/「脱ダム」は道半ば/「記憶にない」河川改修単独発言/国とはケンカせず/改革派知事批判し孤立

【究極の首長】国と闘いダム中止を勝ちとった藤田恵・徳島県木頭村長

■第二章■ 金魚鉢のなかのブラックボックス
談合問題が影を落とすダム論議/意見集約できなかった答申/理由なき結論/委員の意見書まで非公開に/ダムなしの結論ありき/浮かんで消えた「第三案」/特別顧問を「再利用」/二〇日で変わった判断/突然の凍結発表

■第三章■ 翻弄される民意
居心地いいところだけの現場主義/議会が代表する民意の怪しさ/長野県議会は民意を反映しているか/対話路線の裏で対決姿勢/巧みだった選挙戦術/非妥協が美点/中央政界は無視/田中氏支持の中身/長野市にみる「田中離れ」現象/知事の姿勢で議会も変わる/民意づくりにメディア利用/メディア「統制」も

【究極の有権者】執拗なまでに行政を監視する後藤雄一「世田谷行革110番」代表

■第四章■ 分権の視点なき意識改革
いらだち/「大勝」のツケ/なんのための協約/情実人事のおそれ/意識改革できない職員を追い出す/市町村派遣の目的は「丁稚奉公」/地方分権は念頭にない/不自然に軽い処分/抜てき人事と内部告発/「県民」を盾に判断を押しつけ/「あとはお任せ」の白紙委任か

■第五章■「日本のスウェーデン」という賭け
七年後の長野県/目指すべきはスウェーデン/スウェーデンの実像/違いすぎる前提条件/
長野県経済がもつか/高知県発の一・五車線的整備/森林整備で和歌山県が全国発信/職員給与を削って「長野モデル創造枠」確保/遅かった財政再建/自主課税の準備もナシ/雇用創出は「お駄賃」

■終章■ 功名心という私利私欲
広告塔の正体/突然の多選自粛条例/多選自粛条例の狙い/アイデアだけの脱ダム債/石原都知事との共通点/改革者は自分だけ/バランス感覚の悪さ/すべての結果責任を負う覚悟

〈巻末資料〉
「脱ダム」宣言/田中康夫長野県知事不信任決議/不信任決議案の提案理由説明/出直し知事選における田中康夫氏の公約「5直し」と「8つの宣言」/年表・田中県政の歩み

「はじめに」より

 田中氏がいちばん光り輝いていたのは、初めて長野県の知事になったときだ。田中氏だけでなく、彼を応援した長野県民みんなが輝いていた。田中氏は、彼らから求められていたのだ。

 県内経済が低迷しているいまは、行政執行の手堅さ、政治家としての責任感、そしてなにより財政運営の手腕が求められている。田中氏はその求めに応じ切っているだろうか。いま長野県政は、田中氏の短所ばかりが目につくステージへと入ったように見える。

 二〇〇二年の出直し知事選が終わったあたりから、長野県の知事は田中氏のままでいいのだろうか、と漠然と考えるようになった。いや、迷っていたと言ったほうがいいかもしれない。改革者としての田中氏の像と、知事選をとおして感じた田中氏の実像との溝が少しずつ広がり始めていた。

 迷いながら、初当選以来の田中氏の軌跡をたどり始めた。県議会や記者会見での田中氏の発言を追い、彼がマスメディアに発表したさまざまな文書を過去にさかのぼって読み、そして彼が立ち上げた検討委員会の議事録に目をとおした。

 そして、一つの文書に行き着いたとき、胸のつかえが落ち、知事としての田中氏を検証したものを書き残そうと決めた。

 その文書というのは、石原慎太郎氏が東京都知事に初当選した直後、『月刊現代』(一九九九年六月号)に掲載されたインタビュー記事だった。タイトルは「石原氏当選で『衆愚政治』は完成間近」だ。

 編集部員の「大学の、また小説家の後輩として、石原氏に贈る言葉はありませんか」との質問に、田中氏は次のように答えた。

「故開高健氏は、満員電車で通勤していなくても、その満員電車に毎朝乗っている人の気持ちが描けなくては文学者ではない、と語りました。田園調布に自宅を持ち、麻布台に事務所を構える石原氏も、日本の文学史に残る作品で世に出たのですから、ぜひ、一般市民の気持ちを想像しうる文学者としての都知事であってほしいですね。でないと、大統領的変革を期待している一般市民は、『直木賞』『芥川賞』に愛想をつかした後のニヒリズムで、ひょっとすると大統領ならぬ『ヒットラー』を今度は選択しかねませんから」

 田中康夫的なるものと、ヒットラー的なるものの類似性が心に引っかかっていた私は、この最後の一言をみて、勝手に合点がいってしまった。ヒットラー待望は、変革を期待している一般市民にではなく、田中氏の心のなかに宿っているのではないかと。

 田中氏は頭がいい、だから怖いのだ。

 本書では、知事であることの自覚(第一章)、情報公開・説明責任(第二章)、民意との距離感(第三章)、意識改革の進め方(第四章)、長期ビジョンと財政運営(第五章)――こうした点に焦点を当て、言動をできるだけ忠実に拾うことで、田中氏の手法と「改革者」の実像に迫ろうと試みた。

 それが成功したかどうか、判断は読者に委ねるしかない。せめて田中氏のもう一つの横顔に気づいてほしいと願っている。そのうえで、それでも長所のほうが勝ると考えるのなら、とことん田中氏を応援すればいい。だが、前著『知事の仕事』以来、改革派と呼ばれる知事をはじめとして多くの知事の姿を見てきた私の目には、田中氏はとても危うく映るのである。